公式ドキュメントがあろうと初学者だろうとアウトプットしていい理由

誰でも自由に記事を書いたりしてアウトプットしていい理由を書いてみました。初学者であろうと、書きたい内容が公式ドキュメントに載っていようと、書くべき内容が数行だろうと、自分がアウトプットしておきたいと思ったことは全部アウトプットした方が良いと思います。

そもそもこの記事を書こうと思った発端となったのは下記の記事でした。

わからないことを調べて記事にしようと思うと調べていくうちにわかってきて「公式ドキュメントでいいじゃん」ってなって記事が書けない問題

この記事を読んでむちゃくちゃ共感しました。僕も結構同じような気持ちだったからです。

元々ブログを書いていた時からそうで、今もそうなのですが、何か書こうと思った時に、まずその情報が既に検索して見つかるかどうかを調べます。そして、見つかった場合は記事を書かない傾向にあります。公式ドキュメントにあるものも、何か書いてる記事内についでに書くことはあっても、その情報単体で書くことはあまりないのではないかと思います。

しかし、特にCrieitをはじめて記事を大量に書きはじめてから思いますが、あまり気にせずガンガン書くほうがよいのではないかと思っています。その理由を色々と考えてみました。

答えにたどり着くための記事が必要だから

いきなり本質だと思ってることから書いてしまいますが、多分これがどんどんアウトプットをした方がいい一番重要な理由なのではないかと思います。

というのも、たとえ正解が「公式ドキュメント」という場所にあったとしても、この現実世界ではそこにダイレクトにたどり着ける可能性が高くないのです。インターネットという世界も結局現実世界と同じで、たどり着きたいところに到着するためにはどこかしらの道筋を通って行く必要があります。

むしろその世界は現実世界より複雑だったりします。現実世界の場合はGoogleマップやカーナビを使えばほぼ間違えることなく一本道で目的地にたどり着くことができます。しかし、インターネットの世界では正解となる道筋が定まっていません。たどり着きたい場所にたどり着くためには、あちらこちらさまよいながら、検索を続けながら、そしてリンクをたどりながらなんとか辿り着くしかありません。

なぜなのか? それにも色々と理由があります。

どこにたどり着けばいいか知らないから

人は何かを解決したいと思った瞬間には、あたりまえのことですがどこにたどり着けば良いかを知りません。だから検索を行います。例えばJavaScriptで文字列を切り取りたい場合、ダイレクトに「JavaScript string substr」とは調べません。恐らく「JavaScript 文字列 切り取り」とかでしょう。もしかしたら「切り取り」ではなく、微妙にニュアンスが違う「分割」とかで検索してしまうかもしれません。

「分割」で検索してなんか違うな、と思ったら今度は「切り取り」と検索するかもしれません。そうやって、検索すべきワードを徐々に絞り込みつつ、最終的にそれっぽい答えのあるページに辿り着くことができます。こうやって歩いていく必要があるのです。

なんとか切り取りはsubstrであることを教えてくれるページに辿り着くことはできると思いますが、そこが文字列の切り取りメソッドを色々と紹介してくれているページかもしれません。substr、substring、sliceの違いの説明ページのような。そこで十分な引数の情報が得られなかったりする場合は、今度こそ「JavaScript substr」で検索してMDNのしっかりしたマニュアルにたどり着くことができそうです。

ここで、はじめて自分がどこにたどり着きたかったのかを理解することができます。このように、自分がたどり着きたいページを理解するためにも、間にいくつかのアウトプットされた情報をたどる必要があるのです。

歩きはじめるスタート地点も違う

調べはじめる時、まず人によって調べはじめるワードが違います。例えばPHPをやったことがある人がJavaScriptで数字に3桁区切りのカンマを入れたいと思った場合、「JavaScript number_format」と検索する可能性があります(僕です)。プログラミング初学者はプログラミング言語すら入れず「数値 カンマ 入れる」と調べる可能性もあります。

スタート地点で最初のワードが違えば、目的の場所にたどり着く早さも道筋も全く異なります。そのため、両方の道筋において効率よく目的地にたどり着けるための中間となるアウトプットされた記事などが必要になります。Aさんにとってはどうでもいい情報でも、Bさんにとっては重要な情報だったりします。そのため、この世の中に無数に存在する道筋を補完するための情報は、いくらでも必要になります。

ゴミ記事問題

一時期ゴミ記事問題が話題となりました。ただ、簡単にゴミ記事と言ってしまうのはどうかと思います。なぜなら前述の通り、答えにたどり着くための道筋として、どんな内容の記事でも役に立つ可能性があるからです。

「ゴミ記事」を見つけた時「ちっ、ゴミ記事じゃねぇか。無駄な時間使わせやがって」と思うかもしれませんが、その後別の検索をしませんか? もしくは検索結果に出ている他の記事を見ませんか? それか、「ゴミ記事」の中の一番重要そうなワードで調べなおしたりしていませんか? 最終的にそれでほしい情報にたどり着けたのであれば、それは本当にゴミ記事と言えますか?

今あなたは結婚して幸せな家庭を築いているかもしれません。いや、そうではなく良い会社で働いているかもしれません。いや、そうではなく、入りたい学校に入ったり、楽しく遊べる友達と仲良くしたり、好きなゲームをしたり、好きな本を読んだり、好きなブログのフィードを購読しているかもしれません。

それは全て生まれながらに当たり前のようにたどり着いた場所でしょうか?

僕は結婚していますが、その道筋には非常に多くのものがありました。高校はどこに行こうか悩んだり、高校通学中にトラックがつっこんで来てあやうく惹かれそうになったり、傘が自転車のタイヤに引っかかって道路の方に突っ込みそうになってコケて助かったり、大学を選択したり上手く受かったり、好きな人にことごとく振られたり、仕事を選んだり、インターネット大好きになったり、そこでいろんな人に出会ったり。

ほんの些細なことが微妙に違っていたら、多くのことが変わっていた可能性もありますので、今こうして過ごしている事自体が奇跡だ、と結婚した時に感じました。

良いことも悪いことも、人生を左右する道筋のひとつなのです。

話はだいぶそれましたが「ゴミ記事」だって多くの人を導いてくれる道筋です。「ゴミ記事」を知ることで、「ああ、この世にはたくさんのゴミ記事があるのだな」ということを知り、効率のよい調べ方を学び、その後の人生の効率化に結びつくことになります。

その時調べていることだけが目的地なのではありません。それすら、それぞれの人生の目的地へつながる道となるのです。

結論

とにかく、人ぞれぞれの書く内容によってどの道筋が埋まるかが決まります。あなたが書かなければ、その道筋は絶対に埋まりません。

アウトプットしたいと思ったことがあったらどんどん行ってください。「悩んだ人がこういう検索結果で検索するかな?」と想像しながら、簡単な文章を散りばめて参考となるページへのリンクを貼るだけでも構いません。それぞれの人が書いた知識量ででる発想でのみそこにたどり着ける人がいるということを忘れないでください。

どんどんアウトプットしていきましょう! Crieitも記事を思い切りアウトプットしたり、ボードでちょこちょこ細かいアウトプットを続けたりすることができます。是非その時の用途にあった形でアウトプットをしてみてください。

また最初にリンクした記事や当記事について思うところがある方は是非どんどん記事を書いてみてください。